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北脇道一

1972年生まれの46歳 東京都出身 早稲田大学を卒業後、大手住宅メーカーに勤務 転勤もあり 東京→埼玉→東京→千葉→奈良→大阪→東京→京都→名古屋→東京 と10個所を転々 管理職に昇進するが、決裁権のないことに落胆し 副業を開始 1年の副業期間を経て 23年間勤めた会社を辞め独立

 

始まりはここから

「お前に決定の権限はない。」

2016年年末の
この発言が引き金となり

私は会社を辞めました。
ちょうど商談の成功を上司に報告した時です。

当時私はある上場企業メーカーの営業所の所長をやってました。
私の上司は支店長にあたります。

部下の行った商談は成功したものの
上司は内容が意にそぐわなかったようです。

苦しい商談だったんで多少値引きは許しました。

そこで上の発言が飛びだしました。

私は「いつになったら商談の決定権を得られるんだろう」
と考えてみました。

支店長になったらだろうか?

いや。その上には本部長がいる。

本部長になったらだろうか?

いや。その上には社長がいる。

社長になればいいのか?

いや。その上には親会社に役員がいる。

実際には
ヒエラルキーにもっと段階があり
その可能性という意味でも
限りなくゼロに近いブルーです。

こんな悩みは
サラリーマンなら当然ありますよね。

というか普通です。

ただ人生このまま
「主導権が握れないまま」
圧倒的多くの時間過ごす会社生活に
甘んじていいのだろうか?

という考えが頭を離れませんでした。

「ルールを守る側」と「ルールを作る側」

考えてみれば
1日24時間の中で
寝ているのが8時間
仕事が12時間(色々含めて)
だとすると
プライベートは4時間しかありません。

要するに人生の半分を捧げる時間に
こんな
「他者主導」の奴隷生活(大袈裟ですが)
を続けていていいのだろうか?

言い換えるのであれば
「ルールを守る側」
にいたのでは
いかに優遇されたとしても
それは程度の問題で

「ルールを作る側」のさじ加減一つで
踊らされているに過ぎなく
永遠に自由は訪れないのではないか?

サラリーマンにおける3月

サラリーマンの人なら共感いただけると
思いますが

3月転勤の時期になると
人事の話題で充満します。

「同期の誰それが部長になった」
「○○さんが次期専務だそうだ」

これはサラリーマン特有の文化です。
なぜならば
サラリーマンは平社員と社長で
給料の差がそれほどないから
人事が
つまり肩書が
ステータスになるのです。

同期ならば尚更差がごくわずかです。
普通の人と
3倍稼いでくる人の給料の差は
わずかです。
変わっても月数万でしょう。

ゆうなれば
給料に差が無いので

差がつく肩書をステータスにしているのです。

というかされているのです。

経営側によって。
コストかからないんで。

これが踊らされているといわずとして
何が踊らされているのでしょうか?

サラリーマンという奴隷

アメリカに奴隷制度があったころ
奴隷にも階級があったそうです。

その方が反乱が起きにくいので。

上の者が下をバカにすることにより
かりそめの優越感を与える。

それにより団結することを防ぐ
エスタブリッシュメント(支配層)の洗脳です。
団結されたら
被支配層の方が人数が多いので困りますもんね。

それから自由を少しだけ与えます。
たまに休みを与えたり
家族を作らせて
そちらに意識をもっていかせたり。

あるいはそれにより責任感で縛ったり。

酒やタバコや映画・テレビなど娯楽を与えて
懐柔したり。

これはインドのカースト制度もそうだし

日本にだって江戸時代、農民の下に
エタ・ヒニンを造りガス抜きをしていました。
武士なんて1割もいなかったそうです。

まあまあ
少し話を戻しますと
私はそのことにようやく気付きました。

というか
本当は気付いてたのかもしれませんが
強引にねじ伏せていました。
意識の奥底に。

「ルールを守る側」でいる限り
「ルールを作る側」に搾取され続ける。

ギャンブルだって
結局儲かるのは胴元です。

胴元はルールを握っているから
強い訳で
私もそちら側に行きたくなった。

でなければ
生きている価値はない。

と思いました。

市場の価値

結局、一歩会社の外に出れば
会社の肩書なぞ通用せず

市場の評価はお金です。

つまり
「稼ぐ額」=「社会の信用度」
といっても過言ではありません。

とはいえ
すぐに会社を辞めて独立する勇気はありませんでした。

というか
何から始めていいのか分からなかったのが
本当のところです。

ここまではサラリーマンのあなたと全く同じですよね。

熱くなる夜もあれば
次の日の朝、会社に行く時間になると
冷めた頭で業務をこなす。

私は感情派ではなく
どちらかというと
感情よりも理性を重視するタイプです。

こっそり副業時代

であるから
私はこっそり副業を始めました。

ちょうど2017年の2月です。
あるセミナーに参加し
そこで「ネットビジネス」に出会いました。
最初にやったのは
「国内有在庫転売」です。

これがほんとにラッキーだったと気付くのは
もっと後のことです。

おいおい
お話ししていきます!

その時は「独立」なんて考えていませんでした。
単に
「お金」が欲しかったんです。

「会社の給料」+「副業収入」で上司を超えてやろう。
くらいにしか思ってませんでした。

そうすれば
市場からの評価は自分の方が上ということになり

会社における地位が下だとしても
一歩外に出れば
自分の方が強い立場で

どんなに「ルールの奴隷」になっていたところで
気も薄まるだろう。
と考えたからです。

パソコン音痴でもできる

最初のうちは苦労しました。

何せパソコンを触ったことがほぼゼロだったんで
文字を打つのも一苦労です。

毎晩、会社から帰ってきては
グーグル先生の授業が始まります。

そしてパソコンと格闘していました。

ただ
楽しかったのは事実です。

なぜなら
やったことがそのまま「お金」に変わるからです。

会社だとそうはいきません。
「給料」は会社が決めるからです。

なので稼いできたお金が
そのまま自分のものにはなりません。

考えてみれば
私は管理職になる前は
結構優秀なセールスマンだったんで
毎月何千万も売り上げを取り
利益も数百万稼いでました。

ところが自分に反映されるのは
その何十分の一です。

これは忘れがちですが
大きな要素です。

自分が人を使って仕事するようになって
はじめて実感しました。

そうです。

今では
私が「給料」を支払う立場になりました。

それは後々の話で置いといたとしても

「自分の稼ぎが自分のものになる」

この一点だけでも
楽しい毎日でした。

稼ぎは全て自分のもの

皆さん考えてみてください!
頑張って
倍稼げば、倍もらえるんですよ!

自営業の人にはピンとこないかもしれませんが
サラリーマンには革新的な発見でした。

もともと
リスクを顧みず
ぶっこむことができる私は
どんどんのめりこみました。

気付けば右肩上がりに収入が増え
10万、30万、50万、80万
とぐいぐい利益が増えました。

ついに脱サラ

この時点で私は会社を辞める決断をしました。
会社でもらう給料を超えたからです。

要するに
初めから独立ありきではなく
なりゆきで脱サラした感じです。

あなたも脱サラするんであれば
このルートしかないでしょう!

だって
一念発起してラーメン屋始めるとか
株当てて投資家になるとか
昔はやった「貧乏父さん、金持ち父さん」じゃないけど
不動産投資するとか
(最近では蕎麦うちが流行ってるらしいですが)
すぐ日常にかき消されるでしょう。

周りも絶対否定するし
「そんなうまい話騙されてるよ!」
とか言って。

ちなみに
こういう人をドリームキラーっていうらしいです。

そりゃそうでしょう。
今までおんなじくらいの給料で
おんなじ「ルールの奴隷」だった人が

いきなり上になられたら困ります。
だから
ありとあらゆる仲間や流言をつかって
止めに入ります。

また
嫁の場合は嫁ブロックっていうらしいです。

そして何もしない生活へ

あぅ
熱くなりすぎて
また話が逸れたんで戻しますと

会社の給料を超えたあたりから
外注(パートさん)も雇いはじめ
利益が倍増しました。

今ではこの「自動化」は私の得意分野です。

人に任せるのはセールスマン時代の
信頼構築の技術がうまく使えました。

まず「人を見る」
というか
「人の立場になって考えてみる」

その人の状況、年齢、経験をふまえ
その人になり切り
何をすれば喜んで働くかを一生懸命考えました。

その結果

いまではこの転売に関しては
「何にもしてない」状況です。

すべて他人に任せてます。

そして夜飲み歩き
だいたい昼まで寝てます。

温泉や旅行も行き放題で

こないだは
下呂温泉で
とまったホテルが良すぎてそのまま3泊追加しました。

もちろん
遊んでばかりもいられないので
これから
違うこと始めますが。

個人の時代にルールは自分で作る

そうはいっても
サラリーマン時代の
「ルールを守る側」
ではできなかった事ばかりです。

要するに何度も言うように
洗脳されてますが

サラリーマンは昔でいう奴隷なんです。
サラリーマンは気楽な商売って時代は終わりました。

なぜなら
これからは
「組織の時代」から「個人の時代」になるからです。
技術の発達により。

個人で何でもできる時代に
組織の堅苦しさはいずれ破綻するでしょう。

そして何より私は小さくても
「ルールを作る側」にいきたいと
本気で思っています。


北脇道一

1972年生まれの46歳
東京都出身
早稲田大学を卒業後、大手住宅メーカーに勤務
転勤もあり
東京→埼玉→東京→千葉→奈良→大阪→東京→京都→名古屋→東京
と10個所を転々
管理職に昇進するが、決裁権のないことに落胆し
副業を開始
1年の副業期間を経て独立

 

 
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1972年生まれの46歳 東京都出身 早稲田大学を卒業後、大手住宅メーカーに勤務 転勤もあり 東京→埼玉→東京→千葉→奈良→大阪→東京→京都→名古屋→東京 と10個所を転々 管理職に昇進するが、決裁権のないことに落胆し 副業を開始 1年の副業期間を経て 23年間勤めた会社を辞め独立